バラの季節、其の参

ここしばらく、例年を上回る、夏のような気温が続く毎日でしたが、これから数日間は気温が下がる、などと予報されています。何か異常気象のような感じがします。しかしこれで、花を長く楽しめるのでは、などという想いもあります。

080509_055001 『Spanish Beauty』は、もう群生といった感じになりました。

080509_055101 『Cook Tail』も同様で、満開といった感じです。

080507_055801 『Irene Watts』はその重さに項垂れているような花萼の大きさです。花の直径は10cm以上です。

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もうすぐ、という気配のバラは

080510_061801 『Fericia』です。

          

080510_061802 そして、少し咲き出した『Mme.Plantier』

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『Pierl de Ronsard』ももうすぐです。

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次回は、『Santa Monica』。蕾が少し脹らんできた『Heritage』。開くにはもう少し、という『Souvnir de la Malmaison』。また無数の蕾をつけている『Ice Berg』。そして『Ballerina』。等々の開花の様子をご紹介しようと思っています。

皆さんのお宅のバラは如何ですか?。

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<きょうのおまけ>

080509_185601_2 『水瓶(中国・宋)』、高15cm。

花=Irene Watts

この水瓶にご興味がお有りの方はコメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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071224_074301 071231_144102 「急に気温が低くなると風邪をひくから、皆さん注意してね~。立夏も過ぎたっていうから、アタシ達ももう夏服に替えようと思っていたのよ。アブナイ、アブナイ。」

ではまた。

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バラの季節、其の弐

先日、今年のバラの開花の様子をお知らせしましたが、その後あまりにも次々と咲き始めましたので、少し呆けてしまい、今日になってしまいました。

080503_082802 まるで牡丹のように大きな花をつけた『Spanish Beauty』は本当に沢山の花をつけています。

080507_055801 『Irene Watts』は今年も優雅に花弁を広げ始めました。

080507_055901 『Matilda』も元気で、蕾も数多くつけて、大きな花弁を広げています。

080502_064501_2 『Fericia』は咲き始めです。

いま咲きかけているのは、

080508_170901 『Mme. Plantier』

080508_170902 そして大きな蕾の『Pierr de Ronsard』

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あと数日で開花するのが『Heritage』。

そのあとは『Ballerina』、『Ice Berg』が続きます。

我が家のバラ達は全てベランダ鉢植えですが、今年は陽気が早いせいか、いずれも早くから咲き始めました。四季咲き、一季咲き、Old rose、Engulish rose、それぞれ今が咲き始めです。蕾も沢山ついていてこれからどれくらいの期間を楽しめるか、と思っています。

朝、窓を開けると、数種類の芳香が室内になだれ込んできます。いまは『Cook Tail』、『Spanish Beauty』、『Irene Watts』、『Matilda』、『花霞』などの香りです。そしてこれから次々と・・・です。

皆さんのお宅のバラは、如何ですか?。

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<きょうのおまけ>

080506_210701_3 『藍彩水差し(中国・清)』

高15cm。

花=Cook tail。

この水差しにご興味のお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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080503_082301 「立夏って、もう夏になりました、ってことなんですって?。最近暑いのはそのせい?。ねむ~い。」

ではまた。

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バラの季節、其の壱

080502_064401 今年最初に咲き出したバラは『Cook Tail』でした。数え切れないほどの蕾をつけて、四月末に開花しました。これからのシーズン、どれだけの花を咲かせるのか。あたりに独特の甘い香りが漂っています。

080503_082802 そしてゴールデンウイークにさしかかった頃に『Spanish Beauty』が、咲き出しました。花径が約13cm。大きい花です。これも蕾が沢山ついています。香りは抜群です。

080502_064402_2 沢山の蕾をつけ、これからの開花を待っているのが『Irene Watts』、『Fericia』、『Mme. Plantier』、『Pierr de Ronsard』、『Heritage』、『Ballerina』、etc。

オールドローズ、イングリッシュローズ、さまざまです。

あぁ今年もまた、バラのシーズンが来たのだ、と思います。

皆さんのバラは如何ですか?。

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<きょうのおまけ>

Ts380045 『古代ローマの土製ランプ、李朝白磁鶴首瓶』

バラはSpanish Beauty。

このランプと李朝白磁にご興味がお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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080503_082201 「ワタシ、籠猫になっています。でも最近ムシ暑くなってきたので、このベッドが気に入っているの。」

ではまた。

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アール・デコと狛犬

都心や周辺の地域では櫻の季節も過ぎ、このブログもそのあたりのほぼ一ヶ月程お休みしました。お読み頂いている皆様には大変失礼を致しました。

080416_113001 先日、東京都港区白金台にある『東京都庭園美術館』に行ってきました。この美術館はご存知のように、旧宮家の朝香宮(あさかのみや)邸を美術館としたものですが、およそ一万坪の敷地の中にある、国内で現存する唯一といっていいアール・デコ様式の建物です。

朝香宮は、明治39年に久邇宮家朝彦王の第八王子、鳩彦王(やすひこおう)が創設された宮家ですが、戦後、昭和22年に皇籍を離脱されています。この間、鳩彦王はフランスに留学し、当時のフランス芸術に心酔されたようです。そして昭和4年、現在に残る朝香宮邸を建設されました。基本設計は当時の宮内省内匠寮の建築家が担当しましたが、鳩彦王がフランスの装飾デザイナー、アンリ・ルパン氏に、大食堂、大客間、書斎などの主要部屋の内装デザインを依頼したそうです。玄関の大きなガラスレリーフは、ルネ・ラリックの作品という、フランスを代表するアール・デコの作家達が腕をふるった建物です。当時はこの建物に朝香宮家6人の家族が暮らし、20人以上の使用人が常駐していたといいます。宮家が皇籍離脱後、この建物をお気に入りだった当時の外相、吉田茂が公邸として、首相となってからは迎賓館として使いました。その後東京都が買い取り、昭和58年に現在の東京都庭園美術館として生まれ変わりました。また平成5年に東京都有形文化財に指定されています。

鳩彦王がフランス留学中に、義兄の北白川宮成久王夫妻とのドライブで事故を起されて、運転していた成久王は死去。夫人と鳩彦王も重傷を負ったという事件がありました。鳩彦王は看病に駆けつけた允子夫人と共に3年半程の療養生活を送られたことがあり、そういった思い出と共に、この建物を建設されたという話も聞きました。

080416_112801 ところで。この美術館の入り口の両脇には、青銅製の狛犬が居るのです。左の『阿』の狛犬は、丸い籠に入った珠を前足で押さえ、右側の『吽』の狛犬は、仔狛犬を遊ばせて?います。狛犬自体もかなり大きなもので、座った高さは1メートル以上もあります。

アール・デコの建物の入り口に狛犬、というのは、イメージがなかなか面白いので館に伺ったところ、「朝香宮家のどなたか(多分、鳩彦王)が、骨董店で購入し、以080416_112901 前は朝香宮別家に置いていたのだが、その後こちらに移したもの・・・らしい」ということでした。なお「狛犬の製作者や来歴は調査中です」というお話でもありました。

この季節、美術館の周囲は美しい新緑に包まれて、配置されている白い椅子、テーブルには、近所の若い奥様達が子供を連れてきて憩う、という光景を眺めつつ、「なぜ、狛犬???」という謎を考え続けたました。しかし、アール・デコを愛でるような方は、日本の古美術にも興味があるのは当然で、鳩彦王も骨董、古美術店に足繁く通っていらっしゃったのではないか、と想像を逞しくしました。

080416_112902 狛犬の「コワイイ(怖い+カワイイ)」顔は、心和ませるものでした。

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<きょうのおまけ>

Cimg2735_2 『くるみ割り・鉄+柄は木製』

(19世紀、フランス)

長15.3cm。

このくるみ割りにご興味のお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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080211_085201 「春になったしィ、サラダの美味しい季節じゃない?。」

ではまた。

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清廉な才能

0059_2 昔風の云い方をすれば、血筋は争えないというのでしょうか、それとも親の天分が子に受け継がれた稀有の例、というのでしょうか、明治の女流画家、上村松園の子息で、日本画家集団・創画会の創始、上村松篁の回顧展覧会を見ました。(横浜・そごう美術館、~3月24日)

上村家の日本画家としての伝統は、母・松園(しょうえん)、子・松篁(しょうこう)、孫・淳之(あつし)と、三代にわたって受け継がれていますが、今回の展覧会は2001年に亡くなった松篁の作品、65点が展示されています。これらの作品は奈良市にある松伯美術館が所蔵しているものです。

母・松園は、気品のある女性を描いた作品に定評があり、女流画家として初めての文化勲章を授賞した日本画家。そして子息の松篁も花鳥画を描き、同賞を授賞した画家でもあります。そして孫で現在、日本芸術院会員で京都芸術大学名誉教授、松伯美術館館長の淳之氏も日本画家。

0058 このように親子三代での日本画家というのは、あまり例のないことなのではないか、と思いますが、このような才能の伝承はどのように受け継がれてきたのか、と思います。父も母も画家、その息子が、孫が、という画家一家というのはよく聞きます。芸術家一家というのでしょうか。下世話なことではありますが、松篁の母、松園は結婚したという事実は無いようで、松篁の父、という存在は、一般的にはつまびらかにされていないようです。母・松園をモデルにしたと云われる、宮尾登美子の小説『序の舞』を読むのが、唯一、そのあたりの想像力を働かせることなのかも知れません。

0061 会場で松篁の花鳥画や童子等の作品を観て、その素晴らしさに改めて感銘を受けました。私は素人目に「上手い」と思う作品は、万人に通用するものだと思っていますが、松篁の作品はそれだと思います。これまでの数ある日本画家の中でも、植物を描く力は群を抜いているのではないかと思います。清楚でありながら豊かな色彩、そして構図の見事さは、衝撃と云えるほどのものでした。これまでも折にふれ松篁の作品は観ているのですが、これほどの作品群は圧巻でした。

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0062_2 さる美術大学の教授が、生徒達に「素人に分かるような絵を描いているようじゃ駄目だ」などという意見を言っているのを聞いたことがありますが、私は(絵の)素人に分からないような絵を描いているうちは、その作家は大成しないのだろうと思います。どれだけ平明な絵を描くかが才能であり、技術は一般的には隠されているという作品が、万人の心を打つ作品なのだろうと思っています。描く技術というものは、画家にとっては当たり前に必要なものであり、それをひけらかすのは、それこそ素人、と思っています。技術だけでは人の心は打てません。

人の情念を描くのが画家の習い、とは思いますが、その作家の思想の高さが、作品の、作家の清廉さを際立たせるものだと思う一方、日本画壇のこれまでを仄聞すると、作家同士、師匠と弟子といった人間関係が複雑で、ドロドロしたものがあるようです。その上にこのような見事な作品が生まれる、という、人間の精神構造の不思議を垣間見た想いの展覧会でした。

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<きょうのおまけ>

Cimg2742_2 『辟邪(へきじゃ)・玉製』(中国・漢)

古代中国で、悪霊を追い払うと信じられた伝説上の神獣。

長6cm、巾3cm。

この辟邪にご興味のお有りの方はコメントメールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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070524_174301_4 「ワタシで~ス。蕾(つぼみ)で~ス。春で~ス。みんなも春になったァ~?。」

ではまた。

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立派なコレクションではあるけど、展示が残念!

浅学の徒であれば、聞きかじりのことで皆様にはお許しいただきたいのですが、このブログをお読みいただいている皆様は、キスト、ディナール、ハッルーバ、キーラートなどという言葉をご存知でしょうか?。

これらは紀元600年~1500年頃にかけてのエジプトの人達が使っていた、様々な重量単位、貨幣単位などの名前です。

0055 重量などを規定する度量衡というものは、その時代の生活を知るのに欠かせない生活単位として、歴史学や生活史を辿るのに不可欠な要素でもあるのですが、今回、横浜の中区にある横浜ユーラシア文化館で催されている『エジプトの小さなガラスの円盤~中世イスラーム都市のくらし~』という展覧会(~5月18日)で、このような様々な古代の単位を知る貴重な機会を得ました。

0057 この展覧会は大まかにいえば、古代エジプトのスーク(市場)で使われていた、液体などの量を測るためのガラス製計量枡などに付けられた、その瓶の容量などを示すガラスの丸い印刻(グラス・ウエイト)の収集品、つまり本体の計量瓶、計量枡などから剥がされた、容量・単位を示す小さなガラスの円盤を展示したもので、地味でディープなコレクションですが、それぞれのガラスの色や形状、そしてその単位を利用しながら生活していた、当時のエジプトの人達の生活を彷彿とさせる、極めて滋味深いものでした。

現在でも時代もので高級なワインや、洋酒などの瓶にエンブレム(紋章)のようなガラスの丸い刻印が付いているものがありますが、現在は内容量などを示すものではなくて、威厳を示すために成されているようです。しかし、古代エジプトのイスラーム社会では、瓶の内容量、または貨幣の単位などを示すために、ガラスを溶かし、内容、価値、重さの証明として瓶や計量枡に鉄の刻印棒で押し付け、その容器の証明としたようです。(ヴェセル・スタンプというそうです)また、コインの証明であるコイン・ウエイトと呼ばれる刻印などもあり、それらの刻印のガラスの小さな円盤を収集したものが、今回の展示です。

0053_2 展示を観ると、前述したように当時の様々な重量の単位ばかりでなく、貨幣の単位、名称などが分かりますが、天邪鬼の私は、コレクターがこのディープな蒐集のためにどれだけの時間と金額を必要としたのか、などと下世話なことを考えてしまいました。蒐集したさまざまな瓶や、ガラス片などは無数であったと思われ、それらの中から、単位が明確なものや、希少なもの、また歴史的に重要な意味を持つものなどを選別し、系統的で学術的な裏付けをするのに、どれだけの時間と情熱が費やされたのかを考えると、その地道な努力に頭が下がる思いがすると同時に、素晴らしい時間の使い方だ、などと考えてしまいます。

0054 このようなコレクションを蒐集するためには、エジプトに於ける中世イスラーム世界の仕組みや、生活、またその刻印に記された文字の読み解き、そして、その度量衡や貨幣の単位が人びとの生活にどれだけの影響、恩恵をもたらしていたか、などの、いわば中世イスラームの生活史を勉強しなくてはならず、一般的な興味だけでのコレクションではなく、紀元後のエジプト史といった裏付けも必要となり、小さなガラスの円盤といった可愛い外見とは裏腹に驚くべき学術的コレクションといっていいと思います。

0056 勿論、門外漢の私などには、この小さな円盤の刻印のアラビア文字やコプト数字、マークなどの内容などは読めないうえに、その詳細は知りえないことではありますが、これらヴェセル・スタンプの他に展示されている当時のさまざまな計量器や、生活用具などを観ても、古代エジプト・イスラーム文化の質の高さ、文化度に感嘆しました。

久しぶりにディープな内容の展示を観て、己の浅学、不勉強が恥ずかしくなりました。但し、恥かしく思ったのは展示物の詳細を知り得なかったことであって、展示の演出は、通り一遍で、正直いって詰まらないものでした。もっと入館者に生々しく訴えかける展示ができたはずなのに、という残念な想いが残りました。また、各展示物の説明文が不親切であったのも、展示担当者の思いの浅さを感じました。

いずれの美術館、博物館などに云えることですが、展示物の展示演出方法は、もう担当学芸員等のセンスの領域ではないことを、展示する側はもっと知るべきだと思います。展示資料を整えるのは企画と共に学芸員の仕事であると思いますが、その資料を展示するのは展示のセンスを持った専門員の領域、ということです。

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<きょうのおまけ>

0013 『土製オイルランプ』(古代ローマ時代)

長10・7cm、幅7cm。

このランプにご興味がお有りの方はメール&コメントをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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071207_073901 「もう、虫サンが動き出したンですって?。啓蟄っていうの?。虫サンは食べたいほど可愛いワよネエ?。」

ではまた。

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無理な取り合わせ。

美術作品を展示する処は、ある意味、異空間といえます。ヨーロッパなどの財閥コレクター達が、壁一面に絵画コレクションを展示し、「○○の部屋」などとしてあるのは、いわば異空間を現出させるという意味があったようです。現代のようにリビングにお気に入りの絵を飾り、生活を楽しむ、というわけではなさそうです。こういったことで思い出すのは、女優の東山千栄子さんが生前、自宅の壁に、ドガの「踊り子(複製)」を飾り、その前で”お鰻(うな)”を食べるのを至福の喜びとしていた、といいます。東山さんの人柄が偲ばれるエピソードです。鰻重とドガの絵、という取り合わせを生活の中で楽しむセンスはなかなかのものだと思います。

0043_2 そして取り合わせ、という話です。取り合わせに無理のある企画展だな、と思ったのが現在、東京・渋谷BUNKAMURA ザ・ミュージアムで開催されている『ルノアール+ルノアール展』(~5月6日)です。

父である印象派の画家、ピエール=オーギュスト・ルノワールと、その息子で映画監督のジャン・ルノワールの、いわば息子が父から受けた影響、例えば父の絵画作品の構成を、息子が映画画面に投影させている・・・、という展示説明ではあるのですが、会場を観たかぎりでは、何とも付けたりの理由にしか思えないのです。

0051 根本的に表現方法が違う、絵画と映画の構成を、ここのカットは父の作品の影響で、などと云ってみても「フ~ン。親子なんだから、親の作品を観ていればそういうコトはあるんじゃないの?」という感想しか湧きません。

0052 たしかに息子であるジャンの映画作品は『ピクニック』、『河』、『フレンチ・カンカン』、『獣人』、『十字路の夜』など名画というに相応しいものが多く、映画史を変えたといわれるほどの作品を創ったのは事実です。しかし映画作品のカットと、印象派の画家である父、ピエール=オーギュスト・ルノワールの作品との共通性を比較して、どうなるものだろう?と思います。さる批評でも”近くて遠い二つのメディアの比較まで安易に持ち込み、無理が生じた”ということが述べられていましたが、その通りの展示ではないかと感じました。

また、会場の設営がどうにも落ち着かないもので、天井から下がった映像投影画面と、壁面の絵画との折り合いの悪さには、正直言ってイライラさせられました。展覧会というより安手のテーマパークというような、展示演出のお粗末さが目だってしまった感じでした。

こんな割り切れない展覧会は多分初めてか・・・などと思いながら渋谷の街を歩きました。

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<きょうのおまけ>

Cimg2728 『インク瓶』(イギリス・19世紀)

高16cm、口径3.4cm、底径6.5cm。

この瓶にご興味のある方は、メール&コメント等をお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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080306_104301_3 「眠いのヨ~~。春だから~~~?。」

ではまた。

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食の貧しさ、食の豊かさ

最近のテレビや雑誌に溢れる、食べ物、料理等についての情報について、「日本人はいつから、こんなに食いしん坊になったのか」と慨嘆されている方がいらっしゃいましたが、私などは、衣・食・住という、人間にとって重要な事柄についての情報が、それ程蔑むべきでもないと思います。毎朝の新聞の折込み広告を見ても、本紙よりも分厚いほどの、快適なマンション、一戸建て、季節の衣類、ファッション、食材の安売り、料理店の誘いなど沢山の広告情報で溢れています。前述の悲憤慷慨されている方は、食べ物よりも天下国家の問題を注視すべきだというのかも知れませんが、人間、生きている間の重要問題としては、まず衣・食・住ということが基本だと思います。

ただテレビなどで、年端もいかぬ若い娘さんが、あちこちの店の料理を食べ歩き「オイシイ~」の連発をしているのはどうかと思います。まだ舌も成熟してない年頃の女性が、料理をどの程度味わう能力があるのか、と疑問に思うのです。それなりの年齢の方にリポートしてもらえれば、味も信用もできるというものですが。

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0041_2 日本では江戸時代から、ものの味を知っている美食家を「料理通」と言ったりしていました。後年、明治時代に当時、ベストセラーとなった『食道楽(しょくどうらく)』という著書を著した村井弦斎は、それまでの美食家とは違い、食生活の見直しや、合理化を目指した人です。この本は物語の形式を採った和・洋・中華料理、凡そ600以上のレシピと、「食育」という概念を提唱しているもので、その後の料理研究家達のバイブルともいえるものです。その弦斎の遺品や草稿などを展示した企画展が、横浜市中区の神奈川県立近代文学館で催されていました。

村井弦斎は沢山の著書を残しましたが、死後子供達が著書や資料などを、神奈川県立近代文学館に寄贈しました。今回催されている『収蔵コレクション展~食道楽の人 村井弦斎~』(~2月28日)は弦斎の思想を辿る、興味深いものでした。

0044_2 これらの資料を初めて近代文学館に寄贈したのは、弦斎の長女で登山家、随筆家の村井米子さんで、私は山好きのせいで、日本の女流登山家の草分け的存在である米子さんにも以前から興味がありました。彼女は、大学卒業後、日本放送教会(NHK)に勤務され、日本がアメリカと開戦したときのラジオ放送について、当時の詳しい記録も残しています。しかし私は、米子さんが大学時代、武州・御嶽山で生食生活実験のために一人で越冬した話や、日本の女性では初めて北アルプスの槍が岳から奥穂高岳まで縦走したという記録、また彼女の著書「山の明け暮れ」「山愛の記」「マタギ食伝」などが印象に残っています。

0042_2 父親の弦斎は、文久3年(1863年)生まれ。東京外国語学校などで学び、若い頃から雑誌、新聞などに筆を揮い、40歳の時に『食道楽』を著しました。住居も東京から神奈川県大磯、小田原と移り、後に平塚市で過ごしました。(没1927年)

著書『食道楽』は、春夏秋冬に分けて構成されており、載せられている季節毎の膨大な料理レシピや、発想の奇抜さなどから、一時期、奇書という概念で捉えられていましたが、後年、弦斎の婦人啓蒙・衛生・健康に関する考え方が再認識され、一昔前のご婦人達は娘の嫁入り道具として持たせたという本でもあります。

会場には、1903年に報知新聞に連載された『食道楽』の草稿も展示されており、食に対する飽くなき興味と、食が及ぼす人格形成といった問題まで追求し、現代注目されている食育といった、新しい価値観を生み出した弦斎の思想も窺えます。

0047_2 0050 今回の収蔵展で興味深かったのは、館に付属している閲覧室に、味覚がテーマとなった小説や、随筆が展示されていたことでした。例えば、国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」、芥川龍之介「芋粥」、稲垣足穂「チョコレート」、有島武郎「一房の葡萄」、高村光太郎「レモン哀歌」、太宰治「桜桃」、澁澤龍彦「華やかな食物誌」、幸田文「台所のおと」等々。

現代でも若い作家達が、食べ物についての文を著していますが、明治、大正、昭和の文豪達も、食、料理などについてはただならぬ興味を持って作品にしており、人間の食に関する興味は、根源的なことなのだと思わせます。以前、文章で味覚を書き現せれば、作家として一流だという評を読んだ記憶がありますが、人間の五感を文章にするのは、かなりの文章修行をしなければならないということでしょう。

今回の展示を見て、収蔵品展示とはいえ企画はなかなか面白いのですが、相変わらずの展示方法で、がっかりしたのは否めません。食、料理といった身近かなテーマでありながら、館側が云うビジュアルな展示にはなっていないと思いました。弦斎の思想は人の生活に密着しているもののはずなのですが、会場を訪れる人達の五感に訴えるような展示になっていない、と感じました。もっと観客の胃袋を刺激し、ひいては食に関する弦斎の思想まで表現、伝達できたはず、と思うのです。限られたスペース、予算という問題ではなく、展示側の柔らかい発想が必要なのではないかと思います。

しかし、食生活の改善を提唱した先達の業績の再発見という意味でも、一見の価値はある企画ではあります。

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このところ新聞、テレビ等で中国製餃子などの、食材の安全問題が大きく取り上げられています。一方では日本の食糧自給率の問題は恐ろしいほどの深刻な問題だと思います。日本はいつからこれ程の低い食料自給率になってしまったのか、と思います。四里四方などという言葉はいまや死語になっているようです。そんな環境ながら、いつまでも外交下手というのは、これまでの国の方針がいい加減だった、としか思えません。

今回の村井弦斎の展示を見て、さまざまな料理の味を思い浮かべながら館を出ましたが、そんなふうに能天気には楽しめない困難な日本の食の現実があり、日本という国も寒貧とした国になったものだと、小雪舞う、港の見える丘公園を歩きながら想いました。

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<きょうのおまけ>

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『匙・銅製』(中国、清時代)

右匙、長9.5cm。左匙、長9.8cm。

この匙にご興味のお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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Cimg2708_2 「雪も降るし、毎日寒いわよネェ。皆さん風邪ひかないでネェ。」

ではまた。

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個展巡り・其の四

今回も個展巡り。其の四です。

絵画などの平面の作品は、作品全体から受ける印象で納得する場合と、作品に近づいてよくよく目をこらさなければならない場合とがありますが、今回見た個展『中岡真珠美ー白い眺めー』は、その両方で楽しめる作品展でもありました。(銀座INAXギャラリー2、~1月29日)

0033 作家の中岡真珠美(なかおか ますみ)さんは、京都出身で京都市立芸術大学美術科卒の若い方ですが、これまで個展、グループ展なども数多く、受賞歴も沢山ある若手作家です。

キャンバスに油彩、アクリル絵の具、樹脂塗料などで心に沁みるような色彩の作品が多いのですが、よく見ると画面が微妙に凸凹だったりしています。ことに白の部分はそういったことが多いのです。しかし違和感はありません。解説を読むと、白の部分はジェッソやモデリングペーストを加えて、削ったり磨いたりして”彼女の白”を作っているとのこと。作家の出身地と作品との関連は無いとは思いますが、何かはんなりと落ち着いた、京都の白、という感じがするのは、当方の勝手な思い入れというものでしょうか。

0036 全体に柔らかな色合いの作品が多く、抽象画にありがちな居丈高な感じがありません。こういう作品は、一枚くらい家に飾ってもいいかナ、と思います。色彩といい、構成といい何の問題もないようです。

といって、落ち着いているだけの作品ではありません。大胆ともいえる構図でありながら緩やかな曲線で描かれたモチーフの確かさに舌を巻きました。そして何よりも、彼女の白、は見る人を引き込む余白といえます。0035 これは写真などでは分からない、やはり本物を見なければ分からないものです。心安まりながらも、次第に捉えられていくような作品群を見ながら、並々ならぬ力を内在している作家だと思いました。

今後の期待としては、もっと関東地域で頻繁に作品を見たいということです。履歴をみても関東地域では作品展示の機会がまだ少ないのです。作家の出身が関西でもあるので致し方がないのかもしれませんが・・・。よくある仲間内作家にならず、全国区を目指してもらいたいと思います。期待したい若手作家の一人です。

静謐で美しく、力のある個展でした。

最後にひとつ。勝手な言い分ですが、こういった作品にあまり解説は不要なのではないか、と思います。理論武装はこの作家の感性に似合わないような気がします。

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<きょうのおまけ>

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『子牛・玉』(中国、漢時代のお守り)

長4.0cm、高3.0cm。

ブタのように見えますが、牛です。胴体に穴が開いていて、細紐などで下げることもできます。

この子牛にご興味のお有りの方はコメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

yoshida art

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071028_062201 「おなかがすいたから、ゴハンちょうだいって言ったとたんに写真撮られちゃった。ゴハンまだァ?~~~。」

ではまた。

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個展巡り・其の参

個展巡り、其の参です。

080116_122401_2 今日の個展の紹介は、銀座8丁目にあるSHISEIDO GALLERYで2月3日まで行われている、『窪田美樹展』DESYADOWED~かげとり~という展覧会です。

この展覧会は、新進アーティストの支援として、資生堂が行っているメセナの公募展、shiseido art egg、に応募した357人のうち、入選者3人の作品を順次公開するもので、その第一回目が窪田さん、というわけです。(~2月3日)

0032 展示されていた数点の作品は、椅子やキャビネットなどの木製家具を切断したうえに、その断面を研磨したものや、ビニールシートを使った作品などで、作品の質感や、色彩はなかなかに面白いものでした。こういった作品が自宅の壁面にあっても楽しいのではないか、と思わせる作品もありました。既製品を現代彫刻への変身させる、ひとつの考え方として興味深いものでした。

しかし・・・。率直に言って、理屈の多い作品ではあります。今回の公募展の審査員評などは、まるで難解文学を読んでいるようです。

評「物体とイメージをめぐる真摯な問いかけを、より広がりのある彫刻と絵画の差異にまで象徴的に昇華する。(中略)自らの表現の根底に投げかけるまなざしは、ラディカルであると同時に美しい」????。

また、作家のWebサイトでの言として「埋めるというアイディアから作品が生まれ・・・、家具を擬人化し、間を埋めて塊にする・・・」

作品に対する作家のイメージを文字で表現することは、時として困難なものであることは理解できますが、これほどまで読む人に深い思慮や考察を求める説明は必要がないのではないか、と思うのです。作品を鑑賞するのに、それ程の理解をしてもらわなければ作品を分かってもらえない、というのであれば、その作品は観る人にとって相当に遠いものになるのだろう、とも思います。

現代アートと呼ばれる作品には、概して理屈や、説明を要するものが多いのですが、そういったアプローチをしないと、見る側に分かってもらえないのは、作家の力量の問題といえるのではないか、と思うのです。

今回の作品を偏見を持たずに観れば、家具を使った斬新な表現として、暖かく、なかなか楽しい作品群ではあるのですが、作家や評論家が、あまりにも小難しい表現を用いると、作品が浅いものに見えてくるということになります。楽しい個展だった、という印象があるだけに、残念なことです。

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最後に・・・。ギャラリーに置いてある展示物紹介ペーパーの不親切さには驚きました。また、いつも思うのですが、ギャラリーのスタッフの無愛想さは、なんとかならないものかと思います。ツンとお高くしているのがワタシ達の仕事と勘違いしているようです。デパートのようにむやみに来場者にスリ寄ってくるようなスタッフも困りますが。

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 <きょうのおまけ>

Cimg2735 『くるみ割り』(19世紀・仏)

くるみを割る部分は鉄、柄は木製です。

長15cm。

このくるみ割りにご興味のお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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070706_215601 「アタシ、寒いと思わず走り回ってしまうのヨ。なぜだと思う?。」

ではまた。

 

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