2.11「さようなら原発」代々木集会に参加しました

120211_134801_2 2月11日(建国記念日)に都内・代々木公園で行なわれた『さようなら原発1000万人アクション』の集会とデモ行進に参加してきました。

昨年、9月19日の明治公園(参加者6万人)、12月10日の日比谷野音(参加者5500人)、そして今回(参加者1万2000人)と、三度目の参加です。

冷温停止どころか、内部の状況も分からない福島原発のその後、東京電力の理解できない対応等々。今年の3月で国内の原発は一応全て停止する、といいますが、放射能の惨禍は相変わらずとどまっていません。

まず福島原発の早急な廃炉処理(最低で30年はかかるといいますが)、そして不確かな東電、政府の対応を糾すべきだと思います。

私は昔の第五福竜丸事件、ビキニ環礁の原・水爆実験、米軍の核搭載爆撃機が誤って核爆弾を投下し、七つある安全装置の内、六つまでの装置が外れていた事故、米ソ時代のの核ミサイル搭載の潜水艦の事故、そして米国のスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故、その後の中国の青海地区での原発実験等々、の報道は知っています。
そしてフクシマです。

放射能に怯え、居住地から去る人々の姿は、1960年代に発表された、ネビル・シュート原作で映画にもなった『渚にて(ON THE BEACH)』を彷彿とさせます。
グレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー主演の同映画の主題歌で、オーストラリア民謡の「ワルツィング マツィルダ」を思い出しながら、デモ行進をしました。
あの映画の中でオーストラリアで生き残った人々は、北半球で起こった核戦争によって襲ってくる放射能で死ぬよりは、と毒薬を呷って死に絶え、そして荒れ果てた市街地の通りに掲げられた横断幕には『友よ、まだ遅くはない』と書かれてありました。
現在の日本のこのような状況でも、まだ遅くはないのでしょうか。

止めなければ・・・と思うのです。原発という核、を。
それが、60年以上生き続けてきた者の責務である、と思っています。


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来年は原発廃止・元年

年の瀬になるとテレビや新聞は『今年を振り返る特集』が盛んです。
2011年は本当に大きな出来事が沢山ありました。
3・11の東北大震災は人々への大いなる警鐘であったとともに、人々の考え方をも変えました。
私の住む横浜でも震度5強の揺れやその後の余震で、あの後しばらく地震酔いに悩まされました。当日は我が家の姉妹猫達も驚いて走り回るほどの揺れでした。

そして尚も続く原発事故の後遺症。
現在、あの世に出張中の『忌野清志郎』氏も当時、歌っていました。
「59年前に原子爆弾が落ちて、今も同じようなモノが日本中に出来ている」と。

以前もこのblogで書きましたが、人間の生み出したモノが原因で人間だけが滅びるのなら、自業自得で仕方がありませんが、人間以外の種まで滅ぼす権利は人間にはありません。人間以外の種を汚染する権利はありません。
勝手に生み出した核汚染物質の最終処分方法さえ考えられていないのに、その時の思いつきだけで作り出してしまうという軽薄な思考で、地球上のどれだけの生物に迷惑をかけているか。

長い時間、意思表示もせずにいた私達の愚行も含め、2011年は反省の年でもありました。
そして、9・19明治公園、12・10日比谷野音。『さようなら原発 1000万人アクション
』への参加と抗議デモ。

ドイツがイタリアが、原発削減、そして廃止への道を歩み始めているのに、この国は未だに「国の在り方」を示せずにいます。

今年の出来事を振り返るのは・・・たしかに素晴らしい出来事も多々ありましたが、それもこれも地震、津波、原発事故というおぞましい出来事で全てが帳消しになってしまい、あまり振り返りたくなくなります。
地震、津波は、この地球上で生きている者にとって甘受しなければならない事象でしょうが、原発事故による核汚染は人間の確実な愚行です。愚かしい人間のせいで、まっとうに生きている者達が滅びるのは腹立たしいことです。

画像は12・10、日比谷野音集会デモで私達二人が使用したプラカードです。
大勢の方が「グワッシ」を返してくれました。有難うございました。

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来年は復興、再生、そして原発廃止元年にしなければ、と思います。

今年、拙blogにおいでくださった皆様の、来年のご多幸をお祈り致します。

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無粋な〔経路〕

先日、横浜のそごう美術館で『柳宗悦展 暮らしへの眼差し』(~12月4日)を観ました。民藝運動の創始者として、また宗教哲学者でもある柳氏が蒐集し、いまは日本民藝館に収納されている、朝鮮、中国陶磁、生活用品、書画などおよそ300点のコレクション展です。
以前に何度か日本民藝館で観た品物が多く、半ば懐かしい想いの品々を観ている時にふと、会場の壁面に〔経路〕と書かれたパネルが気になりました。

現在多くの展覧会会場でこの〔経路〕という案内パネルが貼られています。
主に博物館などに多いように思われますが、このパネルを考えると、館側の「この展示は、経路順に見ると展示者の意図が伝わります」、または「混雑する場合もありますので、この指示パネル通りに移動し、混雑緩和にご協力下さい」というメッセージにも思えますが・・・・・。

今回のようにあるコレクターの蒐集品を展示する場合、会場の入り口付近に蒐集者のプロフィールを紹介するパネルがあり、作品展示に入る前の基礎知識を与える、という設定が多いようです。その他にも会場内に、展示品に応じて、蒐集者、作家などが、この展示品、作品に傾倒した動機などの説明パネルが貼られていることもあります。
そして〔経路〕の指示に従って展示を観ていっても・・・何か伝わらない場合が多いのです。

展示側は、例えば年代順、または作家等の創作時期によっての作品のグループ分けなどの展示をしますが、それにも〔経路〕の指示があって、いかにも「この展示はこう観なさい」と云っているようで、入館者の意図、興味などはほとんど無視しているようです。
美術のおさらいに来ているわけでもなく、また展示側の押し付けを強要されているような展示が好きな人ばかりではないと思うのです。
とりわけ今回のコレクション展のような展覧会は、ほとんどが展示品の製作地ごとのグループ展示になっていて、それも確たるものではありませんでした。
そんな展覧会で〔経路〕の指示パネルは目障り以外のなにものでもありません。

展示会場をどのように使い、入場者の流れをスムーズにするか、入場者にどんな感動を与えるかは展示者の展示演出以外にはありません。
どのような意図で、どのように作品を展示するか、無粋な〔経路〕の指示パネルなど貼らずに済ませる演出を考えるのが展示者側の力量というものでしょう。

できれば「ご自由に歩き回ってご覧下さい」という、いわば当たり前なことを書いた表示パネルでも貼ってもらったほうが好印象というものです。

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人間以外の生物達に・・・ごめんなさい!

今日から数えて三ヶ月前の9月19日の昼に、私たち二人は明治公園にいました.
夏の日差しで、暑い日でしたが、時折涼しい風も吹く、という天気でした。

その日のJR千駄ヶ谷駅の構内は、猛烈な暑さと人混みで、ホームから改札口を出るのに30分もかかるという有様でした。混雑していたのは、その人達のほとんどが、これから明治公園に向うためのことでした。人垣と共に明治公園まで歩き・・・・・。そして明治公園にはわが目を疑うほどの数の人々、6万人もの人達が集まっていました。

110919_132301 『9.19 さようなら原発 1000万人アクション』の集会に参加したのです。
明治公園で私たち二人は6万人分の2人になりました。
公園内を見渡すと、労組の旗が数十本翻っていましたが、それらの動員は極めて少人数で、集まった人のほとんどは中高年の夫婦、子供連れの家族、そして若いカップルなどで、私も経験のある60年代のようなデモに向かう、闘争心むき出しの集会ではありませんでした。しかしそれだけに、今回の福島原発事故に対する危機意識、恐れなどに突き動かされた人達のようでした。

会場では主催者側の呼びかけなどが行なわれ、その後、3方向に別れ、渋谷や新宿などを目指しデモ行進が行なわれました。(この様子はYou Tubeなどの動画投稿サイトでも数多くあります)

私は素人ですが、これまで長い間なかば興味本位で、核兵器や軍備、核実験などについての記録本等を読んできました。もとより核兵器の主な目的は兵器として、人の殺戮、建築物の破壊などのために開発されてきたもので、核兵器はその爆発と共に、超高温の熱線と放射能を周囲に撒き散らします。
一説によれば広島に投下された原爆の、投下地点1km以内の放射能量は6800ミリシーベルトだったということですが、ものの本によれば、これは人間が20分で死ぬ、という放射能量だといいます。

3.11の東北大震災で起きた福島第一原発の事故のことで思い返さなければならないことがあります。国内への原発の導入とその後の経緯のことです。
原発は、核の平和利用という目的で始まった核使用のエネルギー政策です。
時の政府も、国民の大半も、その国内設置に同意しました。彼らの言う安全管理という言葉を信じて。
しかし、政府、官僚、電力会社等が言っていた安全神話は、今回の福島原発の事故で崩れました。
今回の事故で、国民の大方も知ったことだろうと思います。原子力発電所という設備は、核を扱うもので、その設備は磐石なものではないということを。また人間の作るもので完全というものなど無いということを。

今回の震災で破壊された福島の原発からは、事故当時、推定1億ベクレルの放射能が飛散したとも言われています。これは現在、一時保管されている使用済核燃料貯蔵庫の内部の線量に匹敵します。貯蔵庫の担当員も、貯蔵庫内部に人間が入れば20秒とは生きていられない、と云うのをテレビで聞きました。

核の放射能は人間にのみ降り注ぐものではありません。差別なく、地域にいる全ての動物、植物に降り注ぐことになります。そして地域の山河にも。
山河に降った雨も地表で放射能に汚染され、その水はやがて海に注ぎ魚に影響します。

人間が作ったものが壊れた時、人間だけが影響を受け、様々な弊害、被害を蒙るのであるならば、いわば因果応報ともいえます。

しかしそれが、他の種にまで影響を及ぼすことは許されることではない、と思うのです。
地域にいる牛、馬、犬、猫、鳥、狸、狐、熊、爬虫類、昆虫達、そして魚。また木々、草花、などにも放射能はあまねく降り注ぎ、その差別・区別はありません。
人間の私利私欲で造った原発が、人間とは違った生き方をしていた動物、生物たちに、取り返しがつかない汚染被害を与えているのです。
人間がこれまで行なった様々な核実験や原発事故が他の種に及ぼした影響について人間は、彼等、他の種に謝るすべはありません。今更謝られても、彼等が許すとも思えません。 そして今回の原発事故でも。

連日、新聞、テレビなどで報道されている福島原発事故による国内あちこちの地点の放射能量は、これまで予測されていないことばかりです。
その原因である
原発を廃炉にするのに300年かかるとも言われています。平均寿命の長い日本人でも4世代といったところでしょうか。
しかし使用済核燃料の最終処分地やその方法は、いまだ出来ていないのです。
いかに先を考えずに、原発という核使用施設を稼動させてしまったのか。

宇宙空間から地球に降る放射能は、地球上に住む全ての生物にとって「環境」です。 しかし人間が新たな放射能を発生させるのは、いわば自然環境の破壊です。
他の種を摂取しつつ生きている人間が、これ以上他の種の存続を脅かす放射能という脅威を創り続けることは許されることではない、と思うのです。
この環境破壊について、何も知らず、生存のため生を育んでいる人間以外の種に対して、人間は謝罪する言葉はありません。

人類以外の他の種に与えてしまった今回の被害を人類の一人として悔やみつつ、デモ行進中に叫びました。『原発ヤメロ!』
そして今後も言い続けなければならないのだと思います。
『原発はいらない!』

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未知のアラビア半島の先史時代

年表、というものはかなりのスピードで買い替えなくてはならないようで、ことに紀元前の記述は、最近の各国での遺跡発掘調査で、次々と新しい事実が発見されており、その結果、日毎に従来の記述が塗り替えられているために、いくら新しい年表を買っても追いつかない状態のようです。
私のように古い年表を後生大事に使っているような者にとって、いつの間にか記述に反するものを持っているということになってしまいます。

ともあれ今回観た特別展『シャルジャ、砂漠と海の文明交流~アラビアの歴史遺産と文化~』(横浜ユーラシア文化館 ~3月27日)は、いくら私が浅学の徒とはいえ、知らな過ぎたアラビア半島古代文明を目の当たりにしました。

この特別展は、2010年に建国40周年を迎えたアラブ首長国連邦(UAE)が連邦の一国である『シャルジャ首長国』の、考古学、歴史文化遺産を日本国内数ヶ所で開催する、というもののひとつで、展示物の多様さとその歴史の古さに、まさに目から鱗の展覧会でした。

会場に展示されている年表によれば、アラビア半島では、紀元前15~20万年前には旧石器時代が、また紀元前7000年頃から新石器時代が始まり、その後ハフィート文明、その後のウンム・アン・ナール文明は紀元前2500~2000年(日本は縄文時代)、またその後のワディ・スーク文明は紀元前2000~1500年頃という年代で、世界四大文明のひとつ中国の殷(商)の紀元前1500~1000年という歴史より、はるか以前の年代(まだ特定されていませんが古代・夏の時代頃)に、アラビア半島には一大文明期があった、ということになります。

0190_3 およそ500点が展示されている会場には、石製の矢じり、青銅の刀剣、槍の穂先から生活用具などが展示されていて、その古代歴史の古さを物語っていました。
なかでもステアタイト(滑石の一種)で作られた食器類は、完成度が高く、美しいものでした。

後期に至ると、周囲のメソポタミアやヘレニズム文化の影響を受けた土器、陶器なども作られたようですが、いわば先史時代ともいわれる時期に、素晴らしい文明を築いていたアラビア半島の歴史は、残念ながら市販の年表には記載されているものが少ないので0198 す。
もっとも日本の金沢大学による本格的な遺跡発掘が開始されたのが1987年ということですから、まだ年表に記載されるような状況ではないのかも知れません。


このような事情はあるにせよ、会場に展示されている古地図のコレクションなどをみても、何故これまで古代アラビア半島の歴史が一般に注目されなかったのか・・・と思います。

先史時代からアラビア文明、詳しくは発掘にあたった金沢大学考古学研究室の資料を読むのが一番なのでしょうが、何よりも自らの不勉強さを反省した展覧会でした。

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<きょうのおまけ>

Scan10008_2 青銅カップ』  

   高 23cm、口径 5.5cm

  出土地: 古代バクトリア=現アフガニスタン北部

  紀元前2000年紀

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謹賀新年

明けましておめでとうございます。
拙ブログにおいで下さった皆様の、本年のご多幸をお祈り致します。

今年は兎年。故事に『兎の上り坂』という言葉があります。
兎は坂を上(のぼ)るのが得意なことから、ものごとが良い条件に恵まれて、早く進むことのたとえ、です。
概して兎に関しての故事、ことわざなどに良いことは少ないのですが、そんな中からこのたとえを皆様にお贈りします。

昨年は本当にブログアップ回数が少なく、(些か)反省しておりますが、今年はもっともっとアップ回数を増やしていきたいと考えております。
どうぞよろしくお願い致します。

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がっかりの展覧会

会場に入り、これはいったい・・・という感じでした。
『桑沢デザイン研究所+東京造型大学 SO+ZO展』(渋谷 BUNKAMURA ザ・ミューアム&桑沢デザイン研究所1階ミュージアム、~11月28日)を観た感想です。

桑沢デザイン研究所の歴史といえば、日本のデザイン界をリードしてきた才能の歴史ともいえるところです。浅葉克己、長友啓典、倉俣史朗、船越桂等々、時代の新しいデザインを提示し、現代を鋭く切り取ってみせる俊才達の集う所だったはずでした。

0196 たしかに会場には1960年からの先輩達の作品が展示されていました。
インテリア、プロダクト、イラストレーション、ファッション、テキスタイル、写真、平面、立体などの作品約300点です。

始めに「これはいったい・・・」と書いたのは、それら諸先輩達が残した作品の展示について、です。
ポスター等は壁面に、立体は机上に、ファッション作品は人体に、テキスタイル作品は天井からの吊り・・・なんという旧態依然の展示の有様かと、一見して思わず力が抜けました。
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およそ半世紀にわたり、デザイン界の先端を疾り、社会状況を切り取り続けた数々の作品がこんな展示では、と思いました。
その時代その時代を走っていた作家達の疾走感がまるで感じられませんでした。
旧態のパターン通りの展示で、展示された
どの作品も化石のように、襤褸のように観えたのは私だけでしょうか。
色褪せ,くすんで、ただスペースに置かれているだけの作品達を観ても、往時の躍動感はさらに感じられず、私の記憶も空回りするばかりでした。
憤りを持って云います、これではカルチャーセンターの文化祭の展示より酷いと。
カルチャーセンターの文化祭なら会員同士、教室同士で展示をすることもあり、それはそれで重要なことでもあります。

このデザイン研究所の半世紀の歴史の発表です。
もっと作品を丁寧に扱いましょう、作品発表時の空気を大事にしましょう、作品の躍動感を大切にしましょう。
展示はポリシーなのです。

研究所創立者の気概を大切にして欲しいと思いました。

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<きょうのおまけ>

101127_084602 花=バラ(アイスバーグ)

花器=沖縄ガラス花入れ

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現存する最古の鋳造貨幣

コインの展覧会『馬のコイン展』(横浜・根岸、馬の博物館 ~12月5日)を観ました。
何よりも、現存する最古の鋳造コインが展示されている、ということに興味が湧いたからです。

会場の馬の博物館は、国内外の馬に関する資料を展示する博物館として有名ですが、今回の展示では約350点のコインが展示されていました。
しかしよく見ると全てのコインに馬の意匠が刻印されているわけではありませんでしたが、各国の古くからあるコインや貨幣などが、年代別に展示されており、意匠もそれぞれのお国柄が表れていて、なかなかに面白い企画でした。

0195_2 現存する最古の鋳造コインは、紀元前6世紀のリュディア王国(BC700~BC546年・現在のトルコ)が鋳造したエレクトラム貨(金銀合金)で、展示品を見ると、直径1.3cm、重量4.5gという小さなものでした。(画像は拡大)
リュディア王国を攻め滅ぼしたペルシャ、その後のローマなどが、この貨幣に倣せてドラクマ銀貨や金貨を流通させ、貨幣による大規模な交易がなされ始めたといいます。

リュディア王国についてはアメリカ・プリンストン大学の調査のほかにはあまりめぼしい調査はないといいます。
歴史記録も少なく、古代アッシリア人が残した楔形文字文書の中に、外交記録がある程度で、このエレクトラム貨についても、ギリシャの影響がみられるため後期のものではないかと言われており、これ以前の初期的段階の貨幣については、まだ発見されていないという、いわば未調査の古代国家です。
こういった滅びてしまった古代国家は世界中にありますが、謎の古代国家という響きは、夢をそそります。

展示品はほかにも、古代中国の殷(商)や周で使われた子安貝の貨幣・貝貨(ばいか)や、貝貨を真似て作られた蟻鼻銭(ぎびせん)、また農具である鋤の形を模した青銅貨の布幣(ふへい)などもあり、古代から現代の貨幣を楽しむことができました。

楽しむことができました、と書きましたが実は「満足はしていない」のです。
何故かといえば、展示ケースのガラスと展示物の距離が遠く、また展示物の拡大装置がないために、目を凝らしても文様などがよく見えないのです。
中でも最古の貨幣は、直径1.3cm。普通の視力をもってしてもなかなかに難しい。またこの貨幣の裏面も見ることができません。
ルーペ使用の展示台を設置するとか、裏面の写真くらい展示してもよさそうなものですが・・・。

展示方はもう少し、展示に気を使って欲しいものです。
入館者に見せるための展示なのですから、観覧者の視点に気を使わなければ、独りよがりの展示といわれても仕方がありません。

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<きょうのおまけ>

101001_160201_2 花=バジル、ミント、サルビア・アズレア

花器=花入れ・瀬戸(幕末)

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古典的展示は飽きた。

先月末には国立西洋美術館で行なわれていた『カポディモンテ美術館展』(終了)を、そして今月初めには『ドガ展』(横浜美術館、~12月31日)を観ました。

0194 前段のカポディモンテ美術館展は、ルネサンスからバロックまでのイタリア宗教画が中心で、素描を含む約80点の作品は時代を感じさせるものでした。
しかし、宗教画というものは構図やモチーフに様々な意味があり、聖書に通じ、それについての約束事を理解していなければならないので、鑑賞するにも或る程度の専門知識が必要になります。
ことに16~17世紀の宗教画ともなれば、当時のナポリの時代的背景などもあり、なおさら理解が困難になります。
つまり宗教画について相当の知識がないと、理解度は半減するということです。私も半減の一員でした。
単純に鑑賞するには伏線があり過ぎて、難しい展覧会という印象でした。

0193 今月初めに観た『ドガ展』は、もとより日本国内でも人気のある印象派の作家で、傑作といわれる、バレリーナを描いた〔エトワール〕は、コピー、複製など一般家庭や、教科書にも載っているような作品です。日本初公開ということもありウイークディにも関わらず、沢山の入館者でした。

およそ110点の絵画・リトグラフなどのほかに、約25点ほどのブロンズも展示されていて、ドガが絵画だけでなく彫刻の才能もあったのだと再確認しました。
しかし、凡庸な観方をしますと、ドガはバレリーナを描くのは上手ですが、それ以外はそれほど上手ではなかったのではないか、と感じました。
なかには「これは・・・」と思わせる作品は数点ありましたが、初期の頃の作品は、総じて何かボンヤリしていて、捉えどころのない作品が多く、些か期待はずれでした。

展示を見ていて、これはどこの美術館もそうなのですが、こういった一人の作家作品を展示するについて、作品の時代分け、そして時代背景の説明パネル、最後に作家の写真、使用していた画材等の展示、という些か定型化した展示が多いように思います。
作家の人となり、画業の変遷、時代背景などの説明パネルという展示形式は、もう半ば古典的展示といえるのではないか、と思うのです。
もっともっと来館者がドキドキするような展示演出は沢山あるのですが・・・。

常設展、企画展ともに新しい展示形式、展示方法を考える時期に来ているように思います。
新しい方法はひとえに学芸員の向上心や勉強にかかっているのですが。

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<きょうのおまけ>

101001_160701_2 花器=瀬戸花入れ(幕末・高10.5cm)

花=サルビア・アズレア、バジル、ミント

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残暑お見舞い申し上げま~~す。

残暑お見舞い申し上げます。

毎年、この季節になると私の『夏眠』について、あ~だ、こ~だと書き、blog更新が出来ていない言い訳をしています。
気温が25℃を超えると体が溶けるとか、30℃に近くなると脳がメルトダウンするとか・・・・?、高気温、高湿度にヨワい体質の私にとって、この季節はナメクジに塩の季節ですが、それでも友達は電話してきます。

私「だから夏眠だって。この季節は頭が蟄居してる」
友人「でもさぁ、週に一回位書こうヨ。生きてるかどうかの確認ができない」
私「生存確認ってやつネ?」
(100歳以上のお年寄りが多数所在不明、毎朝、村役場から有線電話でオ元気デスカの確認電話、山村の郵便配達員が配達物がなくとも一戸一戸に声をかけるetcのニュースが頭をよぎりました)
持つべきものは良き友人、忝さに涙こぼるる、という心境にはなりませんでしたが、気に掛けてくれる人の居る有難さ、という爺さんの現代俳句のような気分にはなりました。
このような駄blogでも読んでくれる人がいるということ。誠に有難いことです。

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0192 享年57歳というのは、『夭折』というのには当たらないのではないか。
などと、司馬遼太郎風の書き方になるのは、今回観た展覧会が『没後25年 鴨居玲(かもい れい) 終わらない旅』(横浜そごう美術館、~8月31日)というもので、私がこの作家を知ったのが、以前、司馬遼太郎が鴨居玲を紹介した文を読むことがあったせいでもあります。
しかし会場に展示された作家の写真を見ると、若さと諧謔の混じったような笑みを浮かべていて、年齢を感じさせない写真ばかりでした。
若くして亡くなるという、夭折という言葉が浮かんだのも、そのせいかも知れません。
自死、という、その最後からも余計にそんな感じを持ったのかも知れません。

0191 それにしても暗い色調の絵が多く、それは作家の内面の表れというのは容易いことであり、心の叫び、という評も頷けますが、展示された約80点の作品全体に漂う、粘着的な暗さは、観る者にとって些かつらいものがありました。
作品は力があり、表現力は時代を越えるものがあります。
有名画廊がこの作家の作品を集めるのは当然だろうと思います。
しかし、気軽に家に飾っておく画ではありません。
そして気軽に観るような作品でもない、とも思います。
それは作家の生い立ち、係累などに関係するものではありません。
しかし作家の姉であり、デザイナーの鴨居羊子さんの弟への鎮魂言も見当たりません。

重い展覧会を観た、というのが・・・感想ということになるのでしょうか。

また会場の作品展示の単調さも、それを助長させた、ともいえます。
デパートの中の美術館という制約?から、展示高の限界があったりするのは致し方がないとしても、どんな展覧会も、同じ構成の展示に思えるのは、展示側の主張の無さかとも思います。

このblogで何度も書いてきましたが・・・・・博物館や美術館と来場者とを結びつける要は展示、なのですから。

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<きょうのおまけ>

100609_144901_2 花=八重ドクダミ

花器=灰かき(江戸時代初期)

花台=レンガ(明治初期の横浜居留地のもの)

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<菫(すみれ)の独り言>

100812_170001_2 「みなさーん、暑いわよネェ。私の父たまは、暑い時は動かない、夏眠じゃ、と言ってる。ワタシはいま夏のファッション、夏毛なので、以外にほっそり見えるでしょ?。でもワタシも暑いのイヤ。早く涼しく、寒くなって、ゴージャスなファッション、冬毛になりたいワ。みなさん、暑気当り、いや最近は熱中症っていうんですってネ。お気をつけあそばせ~~~~~~~。」


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