法隆寺の時の流れ
最近、博物館などの半公共施設では、行政からの補助金が先細りになってきていることから、入館者の増大を図るために、新しく展示の方法や、展示の方向性を考えだした、というTVニュースを見ました。
しかしこの趣旨の根本が、どうもおかしい、と思うのです。本来、博物館などの半公共施設は、収蔵品などを広く一般入館者に公開することを目的とし、第一義的には入館者の入館料が、館の収入と考えるべきもので、そのためには展示などの企画は入館者の興味に沿ったものを考える、ものだと思うのです。仮に学術研究成果の展示であっても、この根本は変わらないものだと思います。
一般的に考えて、民間の博物館(数は少ないのですが)は、創立財団などの基金や、企画に対するスポンサーの資金協賛などの収入はあるものの、入館料を最大の収入源としているものです。
このニュースを見たかぎりでは、半公共施設が税収配分の先細りで、収入が危うくなったために一般入館者の入場料目当てに、興味をそそる展示に切り替えた、という「目的を取り違えている」という印象が拭えません。それではこれまでの展示は一般の人以外のための展示だったの?、と思ってしまいます。これまでも沢山の施設で学芸員や研究者などの独りよがりで、客を考えない企画が横行していたのはたしかですが・・・。入館者のための展示、という基本的な考え方を持たない館は、その存在意義が問われます。
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さて、話は変わりますが、『法隆寺宝物館』というところに行ってきました。ご存知の方も多いかとおもいますが、場所は都内台東区上野。東京国立博物館の正門左奥にあります。
ここでいう法隆寺は、飛鳥時代の姿を現代に伝える世界最古の木造建築で、ユネスコの世界文化遺産のリストに日本で初めて登録された、あの奈良の法隆寺のことです。
その法隆寺の宝物が、奈良ではなく、なんで東京に?、と思い、出かけてみました。
館のパンフレットによると、この『法隆寺宝物館』は、法隆寺に伝来した多くの遺品のうち、明治11年に皇室に献上された宝物(献納宝物)で、その後国有になったものを収蔵しているところだそうです。明治以後、献納された品の一部は法隆寺に返還されましたが、その他の300余点は東京国立博物館で保管することになり、昭和39年に開館した法隆寺宝物館に収納された、ということです。
この館は、平成11年に新しく宝物館として建築、開館したもので、近代的な装いの建物です。
展示第一室には、仏堂の天井などにかけられた、灌頂幡(かんじょうばん)と呼ばれる仏具が展示されていました。
驚いたのは第二室で、ガラスケースに収められた48体の金銅仏がありました。
金銅仏とは金メッキした銅製の仏像のことで、展示されている仏像は7世紀頃、地方の豪族などが礼拝していた、せいぜい15~25cmくらいのものです。
しかし、この室の展示光が暗い!。ガラスケースに顔が付くほど近づかないと、仏さまのお顔が見えないのです。展示台の脇に付いている説明文を読むには、勿論、相当以上の視力を要します。(イイワケではなく、私はメガネをかけてはいますが、新聞、雑誌を読むのに何の苦労もない視力です。)
薄暗いスペースの中に、数十体の金銅仏が配置されているのは、全体の景観としては、なかなか良い雰囲気なのですが、個々の仏像にはあまりにも光量が足りません。絵画と違い金銅仏が展示光で退色する、ということはあまり考えられないことではないかと思いましたが、何しろ宝物ですから・・・ということなのでしょうか。しかし、もっと光を、です。
このほかにも宝物は沢山展示されていました。しかしいずれも光量が足らず、残念ながら細かい部分はよく分からない状態でした。
奈良の法隆寺(斑鳩寺)は、7世紀に推古天皇と聖徳太子が、寺と本尊の薬師如来を造ったという縁起です。約1400年間に集まった宝物は、国宝、重要文化財に指定されているものだけでも90点、総点数は2300余ということで、これに比べれば、この宝物館は10分の1程度の収蔵量ということになります。しかし7世紀からの遺物は、どれも本当に力のある、精緻な造りのものばかりで、現代の工芸作家たちの作品を想うと、質朴さや精神性、そして力量も雲泥の差があるものばかりでした。
7世紀の飛鳥時代というのは、古墳時代の後の時代で、仏教美術が開花した白鳳時代(645~710年)の前にあたります。
よく歴史好き、考古学好きの人達は、古い時代によくこんな完成度の高いモノを作っていたものだ、と言いますが、モノの完成度は、時代の新旧に関係はありません。またその頃の工人達は、「作品」を作っていたわけではなく、信仰対象の仏像や仏具、生活用品を造っていただけで、そこには現代でいうところの芸術性という概念は存在していなかったと思います。ただ精神性は非常に重要な要素だったと思います。技巧は精神性によって進化するもので、そういう意味では当時の工人に比べ、現代のゲイジュツ家の作品は精神性が足りないと云われても仕方がないように思います。しかしこのような精神性や技巧の高さは、現代の”職人達”には受け継がれているのだろうと思います。
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古い品々を観て少々疲れ、館のロビーに戻り、座り心地の良い椅子に腰掛けると思わず眠気に誘われるようでした。外は炎暑なのですが、館内は適度にエアコンが効いていて、ガラス張りの広い視界の先に緑の木々が見え、噴水の水の流れを眺めながら、7世紀の斑鳩周辺の住民の生活ぶりはどんなものだったのか、と思いました。
聖徳太子の頃は、夏はこのように暑かったのか、空気はもっと澄んでいたのか、そんな中で工人達は、黙々と仏像や生活道具を造り、生活していたのだろうと、小学生のような他愛のない想像をしてしまいました。
当時の人達は、末裔である現代人が、寿命は2倍にも延び、世界各地の食べ物を食べ、暑い時にはエアコンで涼しくし、寒い時には暖房器具に頼る、といった生活をしていて、しかし精神性は著しく退化している・・・などというとことは想像もできなかったし、する必要もなかったのだろうと思うと、1400年の時の流れ、営々とした人の営みというものの重さに、頭がからっぽになるような気持ちになりました。
博物館とは、時の流れと、その時代に生きた人の温み、想いに触れるところ、です。
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『柄香炉』(えごうろ)
左の透かしのある部分が開き、中に香を入れて使う金銅の仏具です。
長33.5cm、高13cm。
この柄香炉にご興味がお有りの方はコメント、メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。
yoshida art
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ではまた~~~~。
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コメント
始めまして京都に在住するkohu0907と申します。可愛い猫の写真から拝見し、知性溢れるブログを楽しく、そして勉強になるなア~と感心して拝見しています。
今や京都は観光ブームで5000万人を突破する勢いです。そして、景観保存(町家保存)を外部からの声でやっと市政も動き出し9月1日より“新景観政策”が始まります。“やっと!!”です。もっと早く施行されていればもっと美しい景観が残ったのにと残念な気もいたします。
いきなり、愚痴っぽくなってすみません。
また、お邪魔します。
投稿 kohu0907 | 2007年9月 2日 (日) 午後 12時11分