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食の貧しさ、食の豊かさ

最近のテレビや雑誌に溢れる、食べ物、料理等についての情報について、「日本人はいつから、こんなに食いしん坊になったのか」と慨嘆されている方がいらっしゃいましたが、私などは、衣・食・住という、人間にとって重要な事柄についての情報が、それ程蔑むべきでもないと思います。毎朝の新聞の折込み広告を見ても、本紙よりも分厚いほどの、快適なマンション、一戸建て、季節の衣類、ファッション、食材の安売り、料理店の誘いなど沢山の広告情報で溢れています。前述の悲憤慷慨されている方は、食べ物よりも天下国家の問題を注視すべきだというのかも知れませんが、人間、生きている間の重要問題としては、まず衣・食・住ということが基本だと思います。

ただテレビなどで、年端もいかぬ若い娘さんが、あちこちの店の料理を食べ歩き「オイシイ~」の連発をしているのはどうかと思います。まだ舌も成熟してない年頃の女性が、料理をどの程度味わう能力があるのか、と疑問に思うのです。それなりの年齢の方にリポートしてもらえれば、味も信用もできるというものですが。

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0041_2 日本では江戸時代から、ものの味を知っている美食家を「料理通」と言ったりしていました。後年、明治時代に当時、ベストセラーとなった『食道楽(しょくどうらく)』という著書を著した村井弦斎は、それまでの美食家とは違い、食生活の見直しや、合理化を目指した人です。この本は物語の形式を採った和・洋・中華料理、凡そ600以上のレシピと、「食育」という概念を提唱しているもので、その後の料理研究家達のバイブルともいえるものです。その弦斎の遺品や草稿などを展示した企画展が、横浜市中区の神奈川県立近代文学館で催されていました。

村井弦斎は沢山の著書を残しましたが、死後子供達が著書や資料などを、神奈川県立近代文学館に寄贈しました。今回催されている『収蔵コレクション展~食道楽の人 村井弦斎~』(~2月28日)は弦斎の思想を辿る、興味深いものでした。

0044_2 これらの資料を初めて近代文学館に寄贈したのは、弦斎の長女で登山家、随筆家の村井米子さんで、私は山好きのせいで、日本の女流登山家の草分け的存在である米子さんにも以前から興味がありました。彼女は、大学卒業後、日本放送教会(NHK)に勤務され、日本がアメリカと開戦したときのラジオ放送について、当時の詳しい記録も残しています。しかし私は、米子さんが大学時代、武州・御嶽山で生食生活実験のために一人で越冬した話や、日本の女性では初めて北アルプスの槍が岳から奥穂高岳まで縦走したという記録、また彼女の著書「山の明け暮れ」「山愛の記」「マタギ食伝」などが印象に残っています。

0042_2 父親の弦斎は、文久3年(1863年)生まれ。東京外国語学校などで学び、若い頃から雑誌、新聞などに筆を揮い、40歳の時に『食道楽』を著しました。住居も東京から神奈川県大磯、小田原と移り、後に平塚市で過ごしました。(没1927年)

著書『食道楽』は、春夏秋冬に分けて構成されており、載せられている季節毎の膨大な料理レシピや、発想の奇抜さなどから、一時期、奇書という概念で捉えられていましたが、後年、弦斎の婦人啓蒙・衛生・健康に関する考え方が再認識され、一昔前のご婦人達は娘の嫁入り道具として持たせたという本でもあります。

会場には、1903年に報知新聞に連載された『食道楽』の草稿も展示されており、食に対する飽くなき興味と、食が及ぼす人格形成といった問題まで追求し、現代注目されている食育といった、新しい価値観を生み出した弦斎の思想も窺えます。

0047_2 0050 今回の収蔵展で興味深かったのは、館に付属している閲覧室に、味覚がテーマとなった小説や、随筆が展示されていたことでした。例えば、国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」、芥川龍之介「芋粥」、稲垣足穂「チョコレート」、有島武郎「一房の葡萄」、高村光太郎「レモン哀歌」、太宰治「桜桃」、澁澤龍彦「華やかな食物誌」、幸田文「台所のおと」等々。

現代でも若い作家達が、食べ物についての文を著していますが、明治、大正、昭和の文豪達も、食、料理などについてはただならぬ興味を持って作品にしており、人間の食に関する興味は、根源的なことなのだと思わせます。以前、文章で味覚を書き現せれば、作家として一流だという評を読んだ記憶がありますが、人間の五感を文章にするのは、かなりの文章修行をしなければならないということでしょう。

今回の展示を見て、収蔵品展示とはいえ企画はなかなか面白いのですが、相変わらずの展示方法で、がっかりしたのは否めません。食、料理といった身近かなテーマでありながら、館側が云うビジュアルな展示にはなっていないと思いました。弦斎の思想は人の生活に密着しているもののはずなのですが、会場を訪れる人達の五感に訴えるような展示になっていない、と感じました。もっと観客の胃袋を刺激し、ひいては食に関する弦斎の思想まで表現、伝達できたはず、と思うのです。限られたスペース、予算という問題ではなく、展示側の柔らかい発想が必要なのではないかと思います。

しかし、食生活の改善を提唱した先達の業績の再発見という意味でも、一見の価値はある企画ではあります。

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このところ新聞、テレビ等で中国製餃子などの、食材の安全問題が大きく取り上げられています。一方では日本の食糧自給率の問題は恐ろしいほどの深刻な問題だと思います。日本はいつからこれ程の低い食料自給率になってしまったのか、と思います。四里四方などという言葉はいまや死語になっているようです。そんな環境ながら、いつまでも外交下手というのは、これまでの国の方針がいい加減だった、としか思えません。

今回の村井弦斎の展示を見て、さまざまな料理の味を思い浮かべながら館を出ましたが、そんなふうに能天気には楽しめない困難な日本の食の現実があり、日本という国も寒貧とした国になったものだと、小雪舞う、港の見える丘公園を歩きながら想いました。

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<きょうのおまけ>

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『匙・銅製』(中国、清時代)

右匙、長9.5cm。左匙、長9.8cm。

この匙にご興味のお有りの方は、コメント&メールをお寄せ下さい。詳しいご説明を致します。

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Cimg2708_2 「雪も降るし、毎日寒いわよネェ。皆さん風邪ひかないでネェ。」

ではまた。

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