白船来航でのお祭り外交手腕はエライ!
全国の市町村に、さまざまな記念館や博物館などがありますが、私の住む横浜に、横浜開港資料館という施設があります。この施設は安政5年(1858年)に結ばれた日米修好通商条約によって、1859年に神奈川、長崎、箱館(函館)の3港を開港した当時の、横浜に関する文物などを展示するために1981年に建てられた施設です。
・
日本に黒船がやってきて驚愕した日本に、その半世紀後、今度は『白船』がやってきた、ということをご存知の方は少ないかも知れません。この資料館でいま『白船来航』という企画展を行なっているというので出かけました。(~10月26日)
黒船来航後、半世紀経った1908年10月に、アメリカ大西洋艦隊全艦、16隻が横浜にやってきました。これはそれまで黒色に塗られていたアメリカ海軍の軍艦が船体を白く塗り替えて、世界一周の演習の途中に横浜に寄港したものです。彼らは自らをGreat White Fleet(白船艦隊)と名乗り、演習と称して世界中の主な港に寄港し、各国にアメリカ海軍の示威行動を行なっていたのです。
当時、日露戦争に勝利した日本は、満州での利権や太平洋での影響力などを巡ってアメリカと対立を深めていました。黒船来航から半世紀の間に、日本は世界で第5位の海軍力を持つようになりましたが、白船艦隊はそんな日本に対してのアメリカ海軍の示威行為でもありました。
しかし、肩怒らしてやってきた白船艦隊は、思わぬ肩透かしを食うことになります。というのは当時の日本政府は、この寄港を国を挙げて歓迎したからです。日本政府としては、アメリカが正式に世界周航を発表してすぐに、ぜひご招待したいという表明したのですからこれは当然ではあるのですが、アメリカ海軍大西洋艦隊は、思惑が外れたという印象だったようです。
横浜港には、日本の接伴艦の戦艦三笠をはじめとする軍艦16隻、アメリカ艦隊16隻が整然と並び、その周りには新聞社や役所が仕立てた歓迎船がひしめいていたといいます。これを見ようと、海岸通りは朝6時頃から黒山の人で、通りに並びきれない人は街路樹によじ登り、当時の東京新聞は「樹木は人間の数珠のようだ」と報じています。横浜市民は歓迎の花火2400発を打ち上げ、停泊中の艦隊をサーチライトで照らし、横浜市内の繁華街は、歓迎門や提灯飾りを作るなどの趣向を凝らして歓迎したといいます。白船の乗員1万3000人のうち、3000人余りが上陸しましたが、勿論県知事や市長の晩餐会なども盛大に行なわれました。
横浜で歓迎されたアメリカ海軍はその後陸路、東京に向かい、皇居での天皇謁見、東郷平八郎海軍大臣や桂太郎首相の園遊会、晩餐会などで歓待されました。東京・新橋では花電車が走り歓迎したといいます。ほかにも来航記念品として、飾りピンやベルトのバックル、スプーン、白船を描いた団扇、果ては日本とアメリカの国旗の模様のお守り袋まで発売され、新聞なども書き立てました。来航した艦隊員にとって夢のような8日間の日本滞在だったようです。
『白船来航』時のアメリカ国内は、武力をつけはじめた日本に対し、対日強硬論が蔓延していましたが、艦隊寄港後、時のローズベルト大統領は、日米関係の安定化を図る方向に努力したということです。
・
館内でこれらの資料を眺めていて思ったのですが、日露戦争も経て軍事力はついてきたとはいえ、開港から50年余りしか経ていない日本の首脳に、たとえ薄氷の想いであったにせよ、これ程の外交手腕があったということは驚きでした。アメリカの軍事的パフォーマンスを大歓迎という形で受け止め、市民にお祭り騒ぎをさせ、アメリカの世論を好転させたこのやり方は、半世紀前に、やっと世界を相手にし始めた日本ができる外交手段としては素晴らしいものだったのではないか、と思いました。
勿論、その当時のアメリカの軍事力と日本の軍事力との比較などを考えての外交的措置ではあったのだろうと思いますが、そんな政府の深慮遠謀とはあまり関係なく、歓迎気分だけで盛り上がった横浜市民のお祭り騒ぎに「今も昔もハマッ子は変わらない」と思ってしまいました。
しかし、それから約半世紀後、アメリカ連合軍相手にあの太平洋戦争を起こしてしまう日本を考えると、さまざまな理由があるにせよ、やはり国の首脳は、首脳たる明晰な判断力、外交手腕を持っていなければならないのだと思いました。昨今の日本政府の首脳陣の力量の低下、外交的手腕の無さには、言葉も無いといった気持ちになりました。
・
最後に・・・展示は、正直いって見やすいものではありませんでした。壁面と平面のバランスが悪く、定まった空間に資料と解説パネルが混在していて、眺める方にとっては極めて混乱する展示だったと思います。また時系列で追えない展示なので、当時の市民のワクワク感や、軍艦の威風が伝わってきません。視覚的に混乱する展示だったという想いが残りました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<きょうのおまけ>
花=バラ(Irene Watts)
・
・
・
・
・
「菫(すみれ)です。パパは高校野球やオリンピックが終わって、あまりテレビを見なくなったの。それはオリンピック中継で日本のテレビは日本の選手の場面しか放送しないのでつまらなかったンだって。世界の金メダリストの場面の放送をやらないなんて、メディアとして大人じゃないンだって。ウ~ン、ワタシもそう思うヨ。ではまた~~~。」
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 抱一の月は・・・(2009.11.14)
- スッポンとカワセミの池(2009.11.01)
- レオナール・フジタ展と卵かけご飯(2009.07.02)
- 時代の波頭を乗り越えて・・・日本郵船歴史博物館(2009.05.30)
- 忘れえぬロシア、遥かなるモスクワ(2009.05.21)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- うつし世は夢・・・江戸川乱歩展(2009.10.19)
- 口琴とハーモニカ(2009.10.15)
- 居心地の悪い美術展(2009.10.03)
- 夏眠の夢・其の弐(2009.09.22)
- 夏眠の夢、其の一(2009.09.21)
「趣味」カテゴリの記事
- 大盛りすぎる展覧会&年末姉妹猫対談(2008.12.30)
- 時間のブラシ、アンドリュー・ワイエス展(2008.11.29)
- 人の寿命、絵の寿命(2008.10.06)
- 上手い画家は上手、ミレイ展(2008.09.16)
- 白船来航でのお祭り外交手腕はエライ!(2008.08.26)



コメント