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変化(へんげ)していない・・・

今年は横浜開港150周年記念の年とかで、ことに横浜港周辺のみなとみらい(MM)地区では、様々な催しが行われており、凄い人出になっています。ましてやゴールデンウイークの時期には、観光客が押し寄せるわけで、ジモティ(地元民という意)で、混雑嫌いな私は、絶対に近づくまいと思っていたのですが、ふとした成り行きで、MM地区にある横浜美術館に行くハメになりました。

現在開催されている企画展『金氏徹平 溶け出す都市、空白の森』(~5月27日)は、若い現代アーティストの作品、約100点を展示するものでした。シール、フィギュア、ビニール人形などをモチーフにしたり、細かいモチーフをひたすら積み上げ、壮大さを表現するという作品が多かったようです。

0030_4 私は日本の現代アートを好んで観る者ではありません。というのは日本人の現代アート作品には、これまで何度も裏切られてきているからです。裏切られて、というのは、それまで外国人作家による現代アートを観る機会が多かったせいでもあるのですが、私が感じるかぎり外国人作家の作品は、どんなにチープで、ありふれた生活用具などをモチーフに使った作品でも、何かしらその作家の属する国の、美術伝統といったものが感じられる作品が多かったのです。愚考しますに、現代アートは伝統美術の重さ、肌合いなどを最も重要視しなくてはならない作業なのではないか、と思うのです。

0029_2 しかし、日本の現代アート作品には、伝統と切り離された、伝統が感じられない作品が多いように思います。「日本の現代アートは日本美術の根っこから切り離された世界なのだ」とするならば、日本の現代アーティストの作品は成功しているのでしょう。しかし、外国で評価され、国内では評価が低い日本の現代アーティスト達は、そういった現象をどのように受け止めているのでしょうか。

子供が好むようなモノをモチーフに使う、のはこれまでの現代アート作家達がよく使う表現方法ですが、今回の展覧会の作品は私の目には、モチーフの生活用具、遊び道具、と0026_3 いったものが、アートに変化(へんげ)したものとは写りませんでした。プラスティックの桶はプラスティックの桶、石鹸箱は石鹸箱、ビニール人形はビニール人形、でしかなく、これらのモチーフが、作品として変化(へんげ)したもの、とは思えませんでした。

これまで観た現代アート作品には、極くありきたりな日常生活用具や、人間や動物をキャラクター化した作品でも、「これまでの概念を越した=パワーを感じさせる」といった作品もありました。そういった現象を私は『モチーフが変化(へんげ)した』と思っています。

とどのつまり、私にとって今回の展覧会作品はチャンネルが無かったということになりました。

(画像は金氏氏作品、部分)

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<きょうのおまけ>

Ts380074001 花=マーガレット

花器=油壺(鬢付け油壺・江戸初期)

花台=明治レンガ

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〔菫(すみれ)の独り言~〕

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「ワタシ、パパの独り言を聞いてて、日本人って、二種類の人がいるんだって思ったの。ちゃんと生活しているくせに、一般的な生活常識を理解していない、役人っていう人と、役人じゃない人の二種類。日本国内で生活してるのに、日本人の生活を無視できる人を役人っていうらしいの。自分だって日本人で国内で生活してるくせに、一般生活者の常識が理解できない人が、役人っていうんだって。国民のくせに国民じゃない人って、分からない人達よネエ。自分の家族のために、国民を無視したコトをやるって、なんだか分からないわよねェ。家族も国民なのに・・・。じゃ、またネ~」

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